年始めのエンディングノートと死生学 

 ほぼ毎週末に1回ほど、朝、自宅から約1キロメートル離れた場所にある喫茶店へ出かけ、モーニングサービスを利用することにしている。 モーニングサービスは午前中限定のコーヒー付き朝食サービスで400円前後で食べられるこの地方独特の文化である。 店には各種新聞や週刊誌、旅行誌などが置いてある。 安らいで、くつろげる場所の一つだ。

 店でふと今年初めて手にしたある週刊誌の迎春特大号を開いたら、書き込み式のポスト版・エンディングノートなるものが綴じ込まれており、「新年の今こそ、このエンディングノートで自分の人生をより深く総括してみることが大切である」と強調されていた。

 ノートは表エンディングノートと裏エンディングノートの2部に分かれており、表では、1)自分について、2)医療・病気について、3)葬儀・墓について、4)遺産について、5)大切な人に遺したいメッセージ、などが項目別にかなり詳しく記入できるようになっている。 例えば医療・病気についての項目をみると、1)告知について、2)延命治療について、3)最期を迎える場所について、4)臓器提供や献体についての希望、5)最期の瞬間に呼んで欲しい人、の5つがある。 裏では恋愛歴など妻(又は夫)や子に見せてはいけない内容を書き込み、焼却してもよし、或る人に託するのもよし、としている。 なかなかよく考えた構成である。

 現代日本の超高齢社会は言葉を換えれば、「少生多死社会」である。 国立人口問題研究所によれば、全世帯に占める一人暮らしの割合は現在32%であるが、22年後には5%増え、37%に達するとされる日本社会でもある。 死は万人が直面する人生の幕引きであり、ごくありふれた事象であるにもかかわらず、死に関する日本の学校教育は現在、無に等しい。 

 死とどう向き合うのかを多面的に考える学問を死生学または死学(thanatology)という。 これはギリシャ語の「死(サナトス)」から来ている。中世ヨーロッパ時代には、「死はアート(芸術)である」とされ、「Art of Dying」と題する書物も多くある。 近年、若いうちから死に対する態度あるいは死生観を養い、自分のものとすることの重要性が指摘されており、突然死、自然死、在宅死、病院死、安楽死、尊厳死など、死への考えを深めることによって、自分の生き方をより豊かにすることが求められるようになった。

 死はいわば芸術であり、自分の死をどのようにデザインし、どんな色を塗って完成させるのかを考え、思いを巡らす時期は、遅いよりも早い方がよいことは明らかであろう。 そしてその人によってその時期は違うとは思うが、まずはエンディングノートを作成し、一線を越えた時期からは自分の死生観に従って変えるべきところは毎年書き換えて遺す労力を惜しまないようにしたいものだ。 それは周囲や社会への思いやりでもあると思う。

冬牡丹(紫紅殿)
冬牡丹(紫紅殿:2013年1月撮影)
スポンサーサイト

コメント

No title

ウ・・・ウ〜ン((・ω・`;))良くわかります,延命治療はイヤですね…
芸術家としては 美しいうちに 散って行きたいものですが

まだ もう少しだけ未練がありますねぇ
今の内に 自分の肖像画など描いてた方が
いいんでしょうか(*´pq`*)ムフッ

Re: No title

> ウ・・・ウ〜ン((・ω・`;))良くわかります,延命治療はイヤですね…
> 芸術家としては 美しいうちに 散って行きたいものですが
>
芸術家には長寿達成者が多いので、エンディングノートの活用度、
 大いにありかと思いますが・・・・
> 今の内に 自分の肖像画など描いてた方が>
いいんでしょうか(*´pq`*)ムフッ

 自画像、気に入ったのが一つは欲しいですね。でも、これ意外と難しいかも・・
 

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです
Secret

プロフィール

中島澄夫

Author:中島澄夫
約80坪の畑を耕し、ブロッコリー、トマト、ナス、ニンニク、キュウリ、オクラ、ズッキーニ、大根、生姜、馬鈴薯、玉葱、白菜、青梗菜、小松菜、空心菜、金時草、水菜、スナックエンドウなどを自家用に栽培。近著として、「高齢者医療:健康長寿と全人的ケアをめざして」(オーム社、H20.4)など。名古屋市緑区在住。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR